本気で取組む「運動会」や「文化祭」。
事故激減の効果を生んだ独自の全人教育。
大宝運輸株式会社
家族も巻き込む総勢1200名の本気のぶつかり合い
運輸会社にとって、(交通)事故は業務に常につきまとうリスク。ゆえに社員ドライバーへの安全教育は常に大きな課題となる。そんな中、愛知県名古屋市にある大宝運輸は、独自の“全人教育”によって事故を激減させた実績を持つ。それは、社内イベントを通じて「社員の心をひとつにする」という試みによってもたらされた……。
かねてより、大宝運輸は社内イベントが多い会社として知られている。プロドライバーとしての技量や知識を問う「TAIHO物流フェスティバル」をはじめ、各支店が一丸となって競い合う「運動会」、同じく支店対抗による、シナリオから衣装まで自作で臨む「文化祭」など、いずれも長年続く毎年の恒例行事だ。
なかでも「運動会」は33回の歴史を誇る、同社を代表する催し。
レクリエーションの1つとして運動会を開催する企業は他にもあるが、こと大宝運輸に関しては、力の入れ具合が違う。
県内の公営グランドを借り切り、社員と家族約1200名が、12ある本支店ごとに分かれ、競技にパフォーマンス、応援合戦に本気でぶつかり合うのだ。
なぜそこまで“アツい”運動会が繰り広げられるのか。そもそも、なぜ同社がこうしたイベントにこだわるのか――。それについて、同社の教育部課長・門田真理子さんからは、意外な言葉が返ってきた。
「すべては、事故を減らすための教育なんです」

経験豊かな心理カウンセラーのように話す、大宝運輸教育部の門田真理子さん。何をすればいいのかわからなくなって、退職を願い出たこともあったという。
「結局、自分で自分がわかっていると思っていたんですね。たくさんの人との出会いを通じて、学び、さまざまなチャンスに恵まれて20年が過ぎました。この10年、なんとなく社員たちの心と自分の心がチューニングし始めた感じです」
人間関係が希薄な会社に安全運転は浸透しない
門田さんによれば、この運動会は30余年前、中途採用者として同社にやってきた現在の代表取締役専務・伊藤忠勝氏の組織開発の一環として始まったという。
一般的に、運送業界に入ってくる人――とりわけドライバー職の人間は腕一本で稼げるイメージが強く、煩わしい他人との人間関係を嫌い“一匹狼”で仕事をこなすことを好む人が少なくない。
しかし、人との関わりを避けているようでは、安全運転などおぼつかない――伊藤氏は、入社後すぐにそう感じたという。間もなく、ある社員の死亡事故がそれを確信させた。
事故の連絡を受け、病院の霊安室で包帯に巻かれた社員に面会した伊藤氏は、数日前に挨拶をかわした社員が、これほどあっけなく逝ってしまうこの業界の現実に、足が震えたという。
『社員同士の信頼関係がないままで、いくら安全運転を唱えても伝わるはずがない――』
伊藤氏はそこに教育の必要性を見出した。だがそれは、安全運転の技能教育といった類のものではなく、社員がお互いに関心を持ち合い、人間として共に成長できるような“全人的人間教育”だった。
「何か、業務以外の目標のために力を合わせることができれば、互いの気持や考え方が少しずつ理解され、バラバラだった気持ちがまとまっていくのでは、と当時の伊藤は考えたようです」(門田さん)
その1つの試みが運動会だった。
本番2カ月前から「実行委員会」をきちんと立ち上げ、各支店のリーダーを選出し、テーマを決め、出し物や告知ポスター、応援の衣装などを社員が手作りでこしらえ、練習を重ねて当日を迎える。
「もちろん、最初は大変だったと思います。リーダーといっても名ばかりだったし、誰もが“やらされている感”を抱いていたと思います。でも回を重ねるごとに、自分たちが主役と考えるようになっていきました」
開催25回を数える「文化祭」は、そういった主体性が浸透しはじめた頃、運動会では飽き足らない社員達から生まれたものだ。やはり各々の支店ごとにリーダーを選出し、皆でテーマを決めて、シナリオ、衣装、大道具などを自作していく。
「照明と音声はプロに頼みますが、それ以外はすべて手作り。お金がかけられないということもありますが……」と門田さんは笑う
練習はいずれも業務時間外。ほとんどがトラックに乗務する社員ゆえ、勤務時間帯もまちまちになりがち。
「運送業務は肉体的にも精神的にもきつい。仕事が終わったら早く帰宅し、風呂に入ってビールでも飲みたいというのが本音だと思います。ましてや、お子さんが生まれたばかりとか、奥さんと最近うまく行ってないとか、家庭の事情もさまざまでしょうから、リーダーとしてはなおさら早く帰宅させてやりたいとも思う。でも練習をやらなければ、イベント当日まで間に合わない。そういった揺れのなかで、時には喧嘩しながら準備を進め、何とか当日を迎えるのです」

「一度参加したら、病み付きになる」と言われる大宝運輸名物の運動会と、文化祭。いずれのリーダーも毎年変わる。
「同じリーダーで何年か続けたほうが、よりいいものができるという声もありますが、多くの人に経験してもらうことで、互いの大変さがわかるようになることが重要なんです」(門田さん)
クルマの運転は人間関係そのものと同じ
そもそもクルマの運転という行為は、複雑な人間関係そのものだと、教育部課長である門田さんは言う。
「クルマは、みんな自分の都合で運転しています。ここでは右に曲がりたい、まっすぐ行きたい。あるいは少しでも早く着きたいから、ショートカットしようとか。周りの状況や相手の気持ちを読み、自分の気持ちをコントロールしないと安全な運転はできません」
運転だけではない。顧客との関係においても、相手は何を考えているのか、自分は何を求められているのかを把握できないと、コミュニケーションもとれない。
「そう考えると、人間関係が煩わしいなどとは言っていられないはずなんです。それにはまず、『お互いを知り合う』こと、そして相手のことを知ろうと思ったら、自分から話さないと……」
社員の中には、かつて会社を潰した人、離婚した人、幼少時に家族と離れ離れになった人、借金を背負った人など、人には言えない傷を背負っている者が少なからずいる。その触れたくない傷に触れ、閉ざした心を開かせ、通わせていくことは、たやすい道のりではない。
「なぜプライベートなことを話さなければならないのか」「なぜ家族のことを言わなければならないのか」と露骨に反発する人もいる。中には関わり合いを避け、職場を去っていく人もいるという。それでも伊藤氏や門田さんらは、こうした活動を通じ、その固く閉じた殻を、薄紙を剥がすように時間をかけてゆっくり解していく。

大宝運輸の本社(上)と三好支店(下)。同社の経営基本方針は「教育立社」「門戸開放」「自力実行」と出色。学歴、国籍を問わず採用し、個人の学ぶ力を育む。運送会社というより、理念をもった教育機関のよう。実際「学校みたいだねとよく言われます」と門田さん。
有志の集まりにも私費で大勢が参加する
社内の公式イベントだけでなく、大宝運輸では、伊藤氏を塾長とした「和合塾」も月に1度行われている。これは自主研修塾であるため、参加には会費が要る。それでも130〜140人の参加者が集まってくるという。
「なぜ社内で運動会を行うのか」といった意義から始まり、「個人と組織はどうあるべきか」「人間を尊重することとは何か」「なぜそうすべきなのか」などを、参加者の意見発表をベースに討議し、それを受けて伊藤氏が切々と説く。
『人間の行動や感情はその人の氷山の一角に過ぎない。海面下にある隠れたものがその人の人間性であり主体性だ』――そこには伊藤氏の信念が貫かれているのだ。

月に1度行われる和合塾の塾是は、『我々は真実を学び、自己の人格を成長させ、みんなのために考え行動します』。学びたいという気にさせる伊藤氏の魅力も大きい。写真は新年会の様子。毎年、塾長から塾生一人ひとりにメッセージ(その人が変化成長するための課題や励ましの言葉)が書かれた小さな色紙が贈られる。
事故件数が従来の10分の1以下に激減
こうした全人教育の実践によって、伊藤氏の狙いは着実に結果として現われていった。運動会、文化祭の回を重ねていくにつれて事故が減っていったのだ。1975年に172件だった事故件数は、10年後には10分の1以下の15件にまで減る。しかも車両台数は258台から318台に増えている状況下であるから、事故発生率にすれば大幅な減少である。その後、保有車両はさらに440台へと増えたが、事故件数は年間10〜15件ほどに留まっている。
「無事故が理想ですが、なかなか実現まで至っていません。事故をなくすという1つのことがいかに大変かと、いまさらながら思います。情だけでもダメ、理だけでもいけない。両方のバランスが取れて初めて身に付く。いろんな人がいるので大変ですし、すごく時間もかかります。それでも少しでも自分のことを理解してくれている、大事にしてくれる人がいるということがわかってくれば、“1人の人間として”安全運転を心掛けるようになるんです」
教育部課長として、門田さんは謙虚に語る。
1人の人間として――とは、仕事でもプライベートでも分け隔てなく安全運転を行うことだ。職業ドライバーの中には、仕事では安全運転を実践するものの、プライベートではおろそかになる人もいる。

大宝運輸のトラックは業界では『ミドリガメ』と呼ばれるそう。
「高速道路でも安全運転速度で、雨が降ったらさらに速度を落とします。でも万が一を考えたらそれでいいんです。安全は私たちの商品ですから」
「それはまだ自分が大事だということに気づいていないから。事故は、自分の考えている安全運転と実際の安全運転にズレがあるから起きるわけです。仕事だから、プライベートだから、とは関係ありません。かけがえのない自分というものを常に大事にしていればこそ、大切な家族を守れ、仕事の仲間も、お客さまも大事にできる。そして会社も大事にする。地域の社会も大切にできる……そんな社員を一人でも増やすことができたらいいですね」
Text/佐藤聡
会社概要
大宝運輸株式会社 http://www.taiho-gh.com
本社/愛知県名古屋市中区金山5-3-17